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大人のブログ探訪

『Tadaoh! Design』

2009/06/25

『Tadaoh! Design』

 社会に出てから大学に入学する――。学生の頃には、そういった話を「もの好きな人もいるもんだ」と思って聞いていたが、いざ社会に出てしばらくたってみると「やってみたい」と思うようになった。

 社会に出て、自分の関心領域が明確になると「欠落している部分」というのが明確になって、そこを埋めたくなるからだろうか。それとも、逃げていた「学ぶ」ということに対して、もう一度、向き合いたくなるからだろうか。いずれにせよ、社会人になってから大学で勉強したいという人は、少なからずいるのではないだろうか。

 そんな人たちにとって、今回ご紹介する『Tadaoh! Design』はとても興味深いブログであろう。作者である「ただおー」さんは、現在「社会人美大生を謳歌中」。社会に出てから大学に通っているわけだ。

 「二十歳で工業高専を卒業したのは、バブルの絶頂期で、深く考えることなく某有名電機メーカーに就職しました。そして、就職先でも、仕事について真剣に考えることもなく、合気道やスキーなどの趣味に打ち込み『仕事は趣味のための資金稼ぎ』と割り切っていました」

 まず、社会に出てから大学に通うまでの経緯について伺ったのだが、話は二十歳のころまで遡る。「ただおー」さんは、なんとなく就職し、趣味に生きてきた。

 しかし、三十代になって家庭を持ち、そして失敗したこと。仕事でWebに携わったのをきっかけに、Webデザインの専門学校に通学。そこでデザインについて考えるにつれ、自分の感性が目覚めていったこと。

 たまたま高専の受験に合格したから理数系の道に進みエンジニアになったが「自分はエンジニアに向いているのだろうか」というずっと抱いていた疑問について真剣に考えたこと。

 そんなことが重なり「自分の生き方って本当にこれでいいのだろうか?」と考えるようになったという。

 「そこでいろいろ悩みましたが、退職して大学に行き、デザインを一から学ぶことに決めました。大学を選んだのは、まず自分の適性をしっかり見極めたいと思ったからです」

 そしてデザインの基礎を学ぶうちに、建築分野へ進みたいという確かな方向決めをすることができたという。そんな「ただおー」さんは、大学とは「自分が何を求めているか」という本質を見出す場所なのでは――と感じているそうだ。

 このようにして社会人美大生になった「ただおー」さんは、現在、自身のブログで大学において学んだことや、デザインに関することを、とても見やすく、かつわかりやすく発信している。では、その記事のいくつかを見ていこう。

ニューヨークのノグチ・ミュージアムに行ってきました。香川の庭園美術館、高松での展示会に続くイサム・ノグチ作品の鑑賞。
《中略》
建物の内外に所狭しと作品が展示されています。展示数は日本よりも断然こちらのほうが多いようです。日本の庭園美術館同様作品の解説はなく、見たままを感じてもらいたい、という主旨のようです。(ただし日本はツアー形式で係員がある程度説明はしますが)
こちらはエントランスとショップ以外には係員もいません。
平日昼間でクイーンズという場所柄もあってか、人も少なく、ほとんどのエリアで一人きりで静かにゆっくり鑑賞することができました。静観してもらいたい。日本人の父を持つ彼の日本観を垣間見たような気がします。

(07年3月1日のエントリー「ノグチ・ミュージアム」より)

 これは「ただおー」さんが、大学入学の直前に行ったニューヨーク旅行でのひとコマ。イサム・ノグチ(1904―88)とは、日米で活動した現代彫刻家で、1970年大阪万国博覧会の庭園造形なども手がけた人物。そんな彼の活動拠点であったニューヨークのミュージアム探訪記なのだが、作品はもとより庭園やソファといったものの造形も美しい。

 「良いデザインをするには良いものをたくさん見て、良い目を養う」という考えのもと、気になる場所を積極的に訪れているという「ただおー」さん。そんな行動が、このブログの魅力的なエントリーの源泉になっている。

桂離宮の参観へ行ってきました~
大学の授業で聞いて以来、ずっといきたいと思っていたところ早くも念願叶う。
《中略》
最後は住吉の松。
庭園の全景を一気に見せず小出しに見せていく、という意図がよく表れている場所。松のおかげでその奥の景色が見えません。
デザインの先生の勧めに従えばそれぞれの風景をスケッチとかすれば良かったんだろうけど、なにしろ余裕がない。
写真を撮りつつ、現物を実際の目で吟味しなければならないのだから。

(08年1月10日のエントリー「桂離宮参観」より)

 こちらは京都にある桂離宮への訪問記。日本的な「非対称の美」が上手に表現されている場所だと授業で習った「ただおー」さんが、念願を叶えて訪れた場所だ。

 実際に記事を見てもらえればわかるが、デザイン的な予備知識をもって見る庭園は、新たな発見があって実に面白いものだ。

 このように、このブログのいくつかを見ていくと、そこで紹介されている事象のデザイン的な面白さがとても目につく。では、このデザインの良さとは、「ただおー」さんにとってどういうことなのだろうか? そんな質問をしたところ、端的でわかりやすい回答をいただいたので、以下にそのままご紹介しよう。

シンプルであること。必要最小限で余分なものをまとってないもの。
そして長く愛され続けるものであること。
すぐに評価されなくとも、時間がかかっても本質が評価されるものであること。
即効的に評価されるものは、その熱が冷めるのも早い。
つまり流行を追うようなデザインはあまり好きではないので、ファッションや広告などの分野よりは家具や建築などの分野に興味があります。
自然の真理を取り入れているもの。
有機体である人間は、有機体の集合である自然から離れて生きるべきではない。
自然の中にこそ真理があり、その真理を取り入れたデザインこそ長く愛され続ける本質的なデザインだと思います。
三次元の「モノ」が存在するためには重力という力と上手くバランスを保たな ければならない。
その意味においてモノの「構造」を強く意識したデザインが好きです。

 デザインだけでなく、世の創作物の全般にわたって通じる哲学のように思える話ではないだろうか。最後にこれからの目標について伺った。

 「大学卒業後は建築構造を専門的に学べる専門学校に進学したいと考えています。そこでふたたびエンジニアの領域を学ぶことで、意匠と技術の両方からアプローチできる自分なりのデザインを確立できればと思っています。普通なら家族の長として、組織の中堅どころとして活躍している世代ですが、幸か不幸か独り身で、人より二歩も三歩も遅れた人生を歩んでいますが、これも他の人にはない、貴重な経験ができていると、ポジティブに捉えて今後も学び続けていきたいと思います」

 「学ぶ」というのは、なにも学生だけの課題ではない。どこにいても人はずっと「学ぶ」のであろうし、学ぼうという意識を持つことによって、人は成長し続けられるのだと思う。 社会に出てからまた「学ぶ」ための道を進んでいる「ただおー」さんのブログを見て、学ぶことの楽しさとその効果を感じてみてはいかがだろうか。

(岡部敬史)



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