2007/03/01
今回ご紹介するブログ『さっぽろサイエンス観光マップ』のタイトル部には,「札幌の街のあちこちに隠れている『サイエンス』を紹介していきます」とある。なんだかとっても面白そうだと思いお話を伺うと,その活動内容はもっと面白かった。
そこで今回は,このブログの制作指導をされておられる北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)教員・石村源生さんからいただいたメールをもとに,このブログをご紹介したいと思う。まず,このブログが始まった経緯から。
「北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)という,科学の専門家と一般市民の橋渡しをする人材を育てる教育組織で,ウェブ制作実習という授業を担当することになったことが,このブログを始めてみようと思ったきっかけです。札幌という地域性と受講生一人ひとりの個性を活かして読者にとっても魅力的なウェブサイトを作るにはどうすればよいだろうか,と考え,『<場所>と<科学>を結びつけて物語にする』というコンセプトを立てました」
このブログは,あくまで授業の一環として始まったわけだ。授業でウェブを実際に作ってみる必要があった。そんなとき低予算でかつウェブのスキルが少なくても使えるブログというツールに着目したという。
「『株式会社はてな』の提供する様々なサービスを組み合わせて,最大限に利用することにしました。具体的には,『(1)はてなダイアリー(ブログ)』」と『(2)はてなマップ(=Google Maps API)』を使って記事と地図が連動するサイトを作り,『(3)はてなグループ(=グループウェア)』を使ってグループによる協同作業(コンテンツ制作)の場を構築し,実習メンバーの受講生たちがそれぞれ(3)で記事を書き,お互いに推敲しあい,完成したらあらかじめ決められたスケジュールにしたがって(1)にコピーして公開,記事を(2)と相互リンクさせて場所を示す,という活動のしくみをデザインしました」
さすが先生だけあって実によくできた仕組みだ。また,こんな素晴らしいスペースでつづられる生徒さんたちのエントリーも実に楽しい。そんな中から,2つほど印象に残っているものをご紹介いただいた。
まず,挙げていただいたのは「スケートの圧力で氷が水になる? ~真駒内アイスアリーナ~」という記事。これは1972年の札幌オリンピックでも使われたという真駒内にある「真駒内アイスアリーナ」に隠れているサイエンスに着目したエントリーだ。そのサイエンスとは,「なぜスケートは滑るのか?」というものだった。
「この記事内では,『スケート靴の圧力で氷が溶けるから』という説を取り上げましたが,氷研究の第一人者の方から『説明が間違っている』とのご指摘をいただきました。実は『スケートはなぜ滑るのか?』というのは,一見簡単そうなテーマですが,いまだに専門家の間でも決着がついていないかなり難しい問題だったのです。その後,どのように対応するかについて実習メンバーで多くの議論を重ね,結局この記事の執筆者が,後に3回に渡る長文の回答記事を載せることになりました。この一件は,科学的正確さに対して専門家でない受講生がどこまで責任をもてるのか。何をどういう基準で判断すればよいのか,ということを考えるための,とてもよい経験になりました」
予期せぬ専門家からの指摘を受け,そこから一歩踏み込んだ議論に発展した。まさにインターネットで公開することで得ることができた,いい体験といえるのではないだろうか。
もうひとつ挙げていただいたのは「猫ウォッチング~ねこぽろ~」。
これは,「ねこぽろ」という東急ハンズ札幌店7階にあるネコとの遊び場を紹介した記事で,場内の猫を観察しながら,その「聴力」や「視力」「脚力」などについて科学的考察を行なったものだ。
「この記事を公開した後,猫好きの方のブログで紹介していただいたんです。すると,そのブログ経由で今までにない数のアクセスがあり,猫好きの人たちのパワーを感じましたね」
まさに人と人が繋がりやすいブログならではのエピソードといえるだろう。他にも実に楽しいエントリーが満載のこちらのブログ。では,実際に作っている生徒さんたちは,どのような感想を抱いてブログを書いていたのだろうか――。生徒の方から集めていただいた「ブログをやって楽しかったことは?」というアンケートに対する回答をいくつかご紹介したいと思う(なお,この授業の「生徒」とは,大学院生や社会人など幅広いバックグラウンドを持つ人々だ)。
「場所の写真を撮るために,対象となる場所へ出かけますが,その際,息子や両親など,様々な面子と共に訪れたことがよい思い出になりました」
「札幌という街についての豆知識(科学ネタだけでなく,歴史的背景なども含めて)が増えたこと。街への愛着がわきました。普段会えないような人と会えることも楽しみの一つです」
「見慣れた風景も,科学というフィルターを通すと,違って見えることの発見。自分の記事が公開されると『読んだよ~』と知人から連絡が来ること」
「クループ制作でネットの上と実習で顔を合わせてわいわいやりながら何かを創り上げてゆく過程は楽しかったです。大きくないグループですが,それぞれの多様性のなかから視点が交じり合ってひとつのサイトが作られてゆく点は興味深かったです。ブログを書くことは楽しいと同時に,恐ろしいという気持ちも感じていました。取材した人に失礼はないか,誤りはないか,誰かを傷つけるようなことを書いているのではないか,そんな恐れを持ちながら書いていました」
「他の職業・分野の人との交流を持ち,今までの仕事とは全く違った新しい世界を見た気がすること。そして,これから必要となるスキルを学び始めるきっかけ,興味を得られたこと。30,40代はコンピューターを学んでこなかった一番若い世代であり,コンピューター関連の知識,技術においては,若い世代に利があります。そのなかで,このような機会を得られたことに,とても感謝しています。ひとりでは1年という短期間でここまで出来るようにならなかったと思っています」
「仕事とか誰かのためでなく,自分のために,久しぶりに真剣になった。記事ができあがるまで,時間に追われつつも緊張感のある時間を過ごせた」
こういった感想を拝見していると,ブログを使った実習というのが,想像以上に多くの効果,そして刺激を与えていることがよくわかる。最後にこのブログの制作指導をされた石村源生さんにこれからの目標をお伺いした。
「現在,受講生が『サイエンス観光マップ』作りのノウハウをまとめた『クックブック』を制作しています。これを活用してもらって,全国各地にこの『サイエンス観光マップ』の輪が広がれば嬉しいですね。また『さっぽろサイエンス観光マップ』内で取り上げられた場所をめぐる『サイエンスツアー』もやってみたいですね」
記事だけでなく,こういった試みや姿勢も大変すばらしいものだと感じた『さっぽろサイエンス観光マップ』。ぜひ,このブログを参考に多くの教育現場で同様の試みが行なわれることを期待したい。
(岡部敬史)